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沈黙
10月からブックレビュー講座に通うことにしました。
といっても月1で6回だけなんですが。
ブログでレビュー書くのにも役立てたいし、そもそもレビューとは何ぞや?
とか、レビューの意義とか、いいレビューとは何なのかとか、色々疑問も
あるのでその変も自分なりに色々考えられればいいかと。


で、その講座開始に先立ち、課題を提出しなければなりません。
普通に日本語で文章が書けるかどうかを見るためで、それによって受講
できなくなるということはほとんどないようですが、それでもやはり気合は
入ります。


うーん、何の本のレビューにしようかな。

本当は漫画がいいんだけど、イキナリ邪道な感じがするような。。


と、色々考え選んだのは、



『沈黙』。



いや、まだ書いてないですけどね。w



遠藤周作の代表作で、生前の本人の意思で、亡くなられた時棺桶に入れられた
2冊の本のうちの一つ。
なので、著者にとってもすごく思い入れのある作品。
またノーベル文学賞の候補にもなりながら、この『沈黙』の内容が受賞の妨げと
なったという経緯もある。

その内容というのが、キリスト教の信仰の話なので日本人はともかく、欧米の人
の中には抵抗も強いかもしれない。



舞台は、鎖国下の日本。
島原の乱を経て、日本の禁教政策は非常に厳しいものとなっていた。
しかしそれでも宣教師たちは密入国し、隠れキリシタンに洗礼などを施しながら、
命がけの布教に努めていた。

そんな中、ポルトガル人宣教師ロドリゴもまた日本の信仰を絶やさないために
日本へやってきた。彼には布教と同時に、もう一つ目的があった。
フェレイラという宣教師の行く末を知ることである。
フェレイラというのはロドリゴが師と仰ぎ、篤い信仰心ゆえに教会においても絶大な
尊敬を集めていた人物であった。しかし何とそのフェレイラ師が「転んだ」(踏み絵を
踏んで棄教すること)という話が教会にもたらされていた。
俄かには信じがたい話。

そんなはずはない。日本においても信仰心を失わなかったフェレイラ師――その姿
を確かめるために、ロドリゴは日本へ来たのだった。


ところが、そのフェレイラに会うまでにロドリゴが目にする光景は想像を絶していた。
極貧の中で必死に祈りを捧げ、自分の信仰を守ろうとする隠れキリシタンたち。
しかしそんな祈りも空しく、役人に捉われひどい拷問にかけられて殉教してく信者たち。
そこには密告や裏切りも横行していた。

ロドリゴはわからなくなる。
なぜ神はこのような状況にあって、誰一人救ってくださらないのか。
殉教者は最後まで、神を崇め尊敬し信じているのに、なぜ無残な死を遂げなければ
ならないのか。
なぜ「沈黙」したままなのか。
自分が今まで守ってきた信仰というものは、果たして正しいのか。

キチジローという信者がいる。
彼は何度も踏み絵を踏んでは懺悔を繰り返し、他の信者たちから軽蔑されている。
どんな者も受け入れ愛と信仰を説かなければならないと思ってきたロドリゴでさえ、
彼の行動には軽蔑の念が湧いてくる。
だからキチジローは、気丈な信者が踏み絵を踏まず、拷問によって死んでいく中で
乞食のようになりながら生き、懺悔を繰り返す。
キチジローは叫ぶ。
「踏絵ば踏んだ者には、踏んだ者の言い分があっと。踏み絵をば俺が悦んで踏んだと
でも思っとっとか。俺を弱か者に生れさせおきながら、強か者の真似ばせろとデウスさま
は仰せ出される。それは無理無法と言うもんじゃい」


ロドリゴは揺れる。
信仰とは何なのか。
教会の定めに従い殉教することなのか。
転んでも軽蔑されても、信仰を叫ぶ人間もいる。


やがてロドリゴの目の前にも踏み絵が置かれる。
踏めば殉教――否。
奉行は言う。
踏まねばお前ではなく他の貧しい信者が拷問で死ぬことになると。

果たしてロドリゴは転ぶのか?
そして再会した師フェレイラは――?



という名作でございます。


私はこの作品を大学のゼミで別のゼミ生が取り上げたので知ったのですが、
衝撃的に面白かった。
他の近現代文学作品が、暗くてつまんないものばっかりだった中で、
この『沈黙』と漱石の『こころ』のみが圧倒的に面白かった。
もちろん両方とも明るい話じゃないんだけど、自己満足の読者おいてけぼり
の作品ではないので、ぐいぐい引き込まれました。

私が本を貸した友人も「こんなにページをめくるのが楽しみな小説は、本当に
久しぶりだ」と言って、噛みしめるように読んでいました。


気が向いたら、ぜひぜひお読みください!



それにしても、アマゾンのレビューを参考にしようと読んでいたら、
とんでもなくアホなレビューがあってびっくり。

>タイトルが矛盾
>最後に踏絵のキリストが喋ったのでは『沈黙』にならない!

というもので、星も一つでした。


ああ、、、そういうことじゃないから。。
踏み絵がロドリゴの前に置かれたとき、その踏み絵のキリストが語りかけて
きた(ようにロドリゴには思えた)という場面があるので、そのことを言っている
のでしょうが、読み違いも甚だしい。
決してわかりにくい小説ではないのに。

もう一度、小学校の国語からやり直したまえ!
まあ、そういう勉強云々の話ではないのだけど。



そんなアホは放っておいて、実際本当に名作ですから。


「有名作品はつまらん」という、ひねくれた持論で本を読んでいる私
ですが、これは数少ない例外です。


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【2008/08/28 18:43 】 | | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント

へぇー・・・
なんか記事を真剣に読んじゃいました。
すごく面白そうです。
それからはらしもんぬさんがブックレビュー書くってすごくあってると思いますよ。
お世辞抜きでいつもブログの文章がすごく
読みやすいしわかりやすいです。
【2008/08/28 22:02】| URL | ゆゆ #-[ 編集] |

求む、画像かアマゾンリンクw
【2008/08/29 00:15】| URL | ガウス@ #-[ 編集] |

>ゆゆさん
すごく面白いんですー!(力説w)
信仰心なんて全く持ち合わせていなくても、宣教師の苦悩
がすごくよくわかり、共感できるんですよ。
宣教師にとっての信仰というものが、読み手の信念や人を信じる
気持ちみたいなものに通じているような気がします。

レビュー、私でも書けますかね。。
「あの××なんかより」とかつい比べて批判したくなったり
するのですが、そういうのもアリなのかどうなのかなど、
他の人のレビューを読んで勉強してみようと思います。
【2008/08/29 12:03】| URL | はらしもんぬ #-[ 編集] |
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